気まぐれ日記 04年10月

04年9月はここ

10月1日(金)「帰りにビデオを借りて、帰って野球観戦?・・・の風さん」
 激動の1週間が終わりかけていて、この週末も全く余裕はないのだが、疲れ果てた精神は何かヒーリングを求めていた。会社の売店でカップ入りのコーヒーを買い、ミッシェルの中で飲みながら家路についた。久しぶりにレンタルビデオを借りたくなった。はたして週末に観終えることができるだろうか。分からない。でも、借りたい。何かを持って帰りたかった。
 行きつけの(と言っても、最近はほとんど寄らない)レンタルビデオショップに寄った。先ず、CDコーナーへ行き、前から狙っていたロックを探したがレイアウトが変わっていて影も形もない。処分されてしまったみたいだ。ディープパープルの「ハイウェイスター」である。そのうちネットで買うか・・・。続いて、韓流の影響を受けている風さんなので、パク・ヨンハやリュウのCDを探したが見つからなかった。この店はCDはだめだ(つぶれる)。
 結局、DVDコーナーへ行き、これまた狙っていた「たそがれ清兵衛」と「英雄(ヒーロー)」を借りた。「英雄」は、もっちろーんZhang Ziyiが出演しているから(^_^)。
 給油もしてようやく帰宅し、夕食を摂っている間に、テレビのチャンネルが「中日vs広島」戦を放映し始めた。マジック1の中日が名古屋ドームでまさに優勝しようとしていた。
 ところが、選手はかなり固くなっていたようで、延長になってもあと「1点」が取れない。挙句、満塁ホームランまで喫してしまった。・・・ではあるが、2位のヤクルトが負けたため、中日の優勝が決まった。
 オレ流を最後まで許してくれた白井オーナーに頭を下げている落合監督の姿が印象的だった。これが、某元巨人オーナーだったら、たとえ優勝してもクビになりかねない。昔流の野球(まるで川上監督を彷彿とさせた)を見せて、勝つ野球を示した落合監督の今年の業績ははかりしれない。

10月2日(土)「二日続きの偉業に我が身を振り返る風さんの巻」
 日本のプロ野球で歴史的な落合野球の優勝があった翌日、大リーグでも歴史的な出来事が起ころうとしていた。イチローの年間最多安打新記録である。まるで今のアメリカを象徴するようなパワー至上主義(力の論理ね)の大リーグに、技術でヒットを打つ尊さを示しているイチロー。これはすごいことだ。・・・と、ずいぶん興味を持っていたのだが、インターネットのニュースをチェックしたら、あっという間にタイ記録に並び、抜き去っていた。
 人知れず努力を積み重ね、どんなに年俸が上がろうとも、さらに上の成績を目指して技術を磨き、日常生活で節制を続ける。こんなに良いお手本があるのに、人はその人の陽が当たるところしか見ようとしない。私、もだ。
 イチローの陰に隠れているが、2年目の松井も今年は31本のホームランを打っている。これもすごいことである。
 夕方から読みかけの本を一気に読み終え、夕食後、町内会の会議に出かけ、帰宅したのは10時過ぎである。明日は、地域の運動会の手伝いなので、早く寝なければならない。
 今日も、努力不足の風さんは、本業をこなすことができないままベッドに倒れ込む。

10月3日(日)「雨の運動会の後は・・・の風さん」
 目覚めた時から外で雨音がしていた。冷たい秋雨の音だ。
 どうせ止むだろうと、予定通り7時に起きて、準備をした。
 運動会では選手の役目はなく、表彰係と取材のデジカメ写真撮影である。
 開会式のときは小降りになったが、時間とともに雨脚は強くなるばかりだった。寒い。それでも、仕事だけはしなければ、と賞品を渡す合間に競技の模様をデジカメに収めた。
 強い雨の中、小学生たちの奮闘する姿はちょっと気の毒だった。走っては滑って転び、綱引きで足をとられて尻餅をつく。組み立て体操は、アテネオリンピックがテーマで、寝転がってのシンクロナイズドスイミングは、まさに泥の中の水泳演技で、背中が泥で真っ黒になっていた。
 競技はどんどん省略していき、午前中で終了となった。そして、弁当を食べる間もなく、さっさと後片付けをして解散となった。田舎の人たちは実によく働く。撤収は見事だった。
 帰宅し、昼食を摂ってからワイフとDVDの「英雄(ヒーロー)」を観た。スペクタクルシーンと格闘シーンがなかなかの迫力だったし、美しい自然をバックにした映像も良かった。ヂャン・イーモウ監督の才能が光る。
 DVDなので、おまけ映像が入っている。インタビューで、主演のジェット・リーがZhang Ziyiのアクションを褒めていた。「ダンサー出身の彼女にあれだけの格闘技ができても、格闘技出身の自分にはダンスはできない」言い得て妙である。リーの「Zhang Ziyi」という発音が私の認識通りだったのでうれしかった。
 Zhang Ziyiのインタビューには感動した。「挑戦」というテーマでの受け答えなのだが、「前の作品での自分を超えることは難しい。しかし、それが自分のチャレンジです。自分を超えるというのは、前にできたとんぼ返りの回数を超えるというような意味ではなく、抽象的なものです」うーん。21歳かそこらの若い女性にしてこの発言。将来恐るべき女優になるであろう。
 DVDを観た後は、会社の仕事をしなければならなかった。明日は、重要で大きな会議があり、私は発表しなければならない。今年最後のヤマ場だと思っている。

10月4日(月)「女の子くらべ・・・の風さん」
 会社の重要な会議の発表で少々トチったが、ほぼ伝えたい内容は伝えることができたと思う(報告する相手は社長なので、それなりに内容には工夫をした)。
 通常の実務では、まだまだ色々な問題を抱えていたが、今日はこれでおしまいにすると決めていたので、早々と退社した。
 今月は長女と次女と私の誕生月なので、家族で外食することにしていた。
 料理が出てくるのを待ちながら、次女から鋭い指摘を受けた。
「お父さん、貧乏ゆすり、やめて。それと、指でトントンとテーブルを叩くのも。イライラしているのは分かるけど、見ていて怖いわ」
「癖になっているのか?」
「そうよ!」
 ひえ〜。気が付かなかった。会社のストレスで精神的におかしくなっていることには気付いていた。体調が変になっていたし、やたらと心配ばかりしていたし、無意識のうちに胸の中で歌を歌っていたりした。それらに加えて、貧乏ゆすりと指トントン症候群まで出ていたとは・・・(絶句)。
 サラダバーを死ぬほど食べて帰宅した。
 面白いメールがOmO教授から来ていた。

HUさん


 Zhang Ziyiはとっても可愛いよ。
 気まぐれ日記を読んでくれたら、私ののめり込み方が
分かります。


HPでZhang Ziyi嬢見ました。確かに結構かわいいかも。

そういえば少し前に紹介?してあげた山田優ちゃんが最近CM等で大活躍中って知ってる? ボーダフォンのCMとかにもでているよ。 新人発掘の先見の明あるでしょ?

OmO


 お互いにいい歳ぶっこいて、贔屓の若い女の子の自慢をし合っているのだ。

10月5日(火)「遠距離出張もこなせるほど元気になってきた風さんの巻」
 ようやく元気になってきた風さんは、遠距離出張に出かけた。ようやく東京? いえいえ、一気に東京を通り越して、福島県まで行ってしまった。
 私鉄特急から東海道新幹線、東北新幹線を乗り継いで、片道4時間以上かかった。あらかじめ寝不足にならないようにしっかり睡眠をとっておいたので、ほとんど読書タイムに使うことができた。ただし、東京駅に着いたときは頭痛がしていて、構内の薬局で頭痛薬を買わなければならなかった。
 往復の車中で、280ページ読破できた。平日にこれだけの読書はできないので、ま、それなりに有意義だったと思う。・・・え? 仕事? はいはい。目的はちゃんと達成しました。帰りにキオスクでお土産も買ったし(って、なんのこっちゃ)。
 帰宅は10時半。
 久しぶりにストレッチしてから寝た。

10月6日(水)「突然休日が増えた・・・の風さん」
 今日は会社の診療所で血圧検査を受けた。自宅で血圧測定に使用している器具と測定データも持参した。
 ドクターの目の前でも測って見せた。やはりドクターの測定より高めに出るようだ。
 しかし、ここ数日測定値が高い。仕事の山がひとつ終わったはずなのだが、・・・。
 来週の月曜日は祝日だが、まさか会社も休みだとは、今日まで知らなかった。それでも1日もうけた気になれないのは、今年順調にスケジュールをこなしていたら、咸臨丸子孫の会の方たちと一緒に塩飽島まで旅行に行けたはずだからだ。やることは死ぬほどたまっている。
 帰宅して夕食を食べてから町内会の仕事をした。だいたい半分できたかも。
 まだ、新鷹会の仕事もあるし、・・・(免許の更新手続き、歯科検診や眼科検診にも行かねば)。

10月7日(木)優良自動車運転者・・・の風さん」
 地元の警察署や県の交通安全協会などから、優良自動車運転者表彰を受けた(賞状を頂戴した)。会社の宣伝といった意味もあり、職場から推薦されたのである。対象は無事故無違反が10年以上継続している人だ。私の場合は、22年である。22年というのもちょっとすごいだろうが、その間の運転走行距離はのべ50万キロ程度と思われ、そっちの方が自分では驚きだ。今後、同じ22年間で50万キロは走るまい。
 今夜、ようやく「たそがれ清兵衛」を観た。原作の文庫を読んだのだが、もう内容は忘れている。藤沢周平さんの作り出した架空の舞台、海坂藩が出てきた。ここは藤沢さんの故郷山形県が使われている。映画もそれを意識して、地元で撮影したようだ。鳥海山(ちょうかいさん)なんかが出ていた。最後に協力秋田県角館市というのも出たので、角館の武家屋敷の町並みも使われたのかもしれない。
 原作同様に時代考証的には問題が多いが、人間の真実を描いている点では十分に感動できる。これが、日本人のDNAであり美点であってほしい。

10月8日(金)「終日雨・・・の風さん」
 台風22号が近付いている。秋雨前線も張っているらしい。朝から雨である。秋の雨は心にしみる。
 めまぐるしい1日の中にも、ほんの一瞬、目や心にとまる出来事や想いはあるものだ。覚えておいて、気まぐれ日記に書こう、と思いつつ、1日の幕が降ろされるころにはもう忘れている。それが現代人の悲しい現実だろう。しかし、そういった尊いエピソードを書き残すことこそ、小説家である自分の役割のはずだ。それを果たせない今が私には非常につらい。
 毎日まいにち、本当に1日に何度こういった状況を分析し、対策を思い巡らせていることだろう。まるで袋小路に入ってしまったように、出口が見出せない。袋小路以上かもしれない。迷路だ。出口へ引き返す道筋すら分からない。かつては、それでも良かった。前へ進むことで新たな局面が現れ、いきなり開けた空間へたどりつくこともあった。
 今日はミッシェルで名古屋まで出張した。ミッシェルを運転しているときは心がなごむ。思いのままに道路を突っ走る爽快感が、迷い込んだ人生の迷路で右往左往する自分の閉塞した気持ちを、しばし解放させてくれる。
 帰りも雨だった。朝よりもひどい降りになっていた。それでもミッシェルは鋭く水を切りながら、夜道の先に光芒を放つ。

10月9日(土)「だらけた1日・・・の風さん」
 ずっと体調不良が続いている間に、もしかするとだらけた生活に慣れてしまったかもしれない。その日の体調に合わせて行動しているつもりが、ついつい体をかばい過ぎて甘えた1日を過ごしてしまう。
 ひどい風雨が家屋を容赦なく叩き続ける中、昨夜遅く、借りてきたビデオ「嗤う伊右衛門」を観た。変な作品だった。ストーリー展開に納得性がなく、最後はひたすら殺しまくって終わってしまった。異様な描写と言わざるを得ない。後味も良くない。その影響ではないが、今朝は9時半にいったん目覚めたが、例によって「めまい」で、さらに1時間寝てから起きた。
 3連休の初日ということで、気になっていた町内会の仕事にキリをつけ、それから新鷹会の「大衆文芸」編集部としての仕事に着手した。それらが終わった夕方、ようやく陽が差してきた。塩飽島へ旅行会を催している咸臨丸子孫の会のメンバーは、今ごろどうしているだろうか。台風がかすめて行ったあおりで、少なくとも風は強かったろう。台風はやや東にそれたが、これからは関東地方・東北地方が危険である。
 神田紅さんの出演する恒例の「ウーマンティナー」に昨年は行きそびれてしまったので、今年こそは、と思っていたら、今日、紅さんから案内状が届いた。なんと11月1日(月)の夜だった。その日は、前日に東北大学で講演を終えて仙台に宿泊し、早朝、空路名古屋へ戻り、そのまま会社へ直行する予定の日だった。これでは観に行けない(涙)。その旨、紅さんにメール送信したらすぐに返信があった。紅さんは博多に飛ぶ予定だったが、台風のために見合わせて、明日の便に変更したので、私のメールにすぐ返信できたのだという。「ウーマンティナー」は残念だが、12月中席の池袋演芸場にどうぞ、とのことだった。ぜひ行きたい。
 今夜も、借りてきたビデオを観た。ニコール・キッドマンの「バースデーガール」である。これも変な映画だった。一種のおとなのおとぎ話といったところか。
 だらけた1日だったかもしれない。

10月10日(日)「幸福の木の花・・・の風さん」
 今から40年前に東京オリンピックがあった。その頃、私は小学校の高学年で、テレビがまだ一般的ではなかったから、あまり映像的な記憶はない。
 今朝も9時半にいったん目覚め、トイレへ行ったのだが、まっすぐ歩けないほど「めまい」がひどかった。それで、再びベッドに逆戻りして、次に目覚めたら午後2時近かった。その間、色々な悪夢を見たような気がする。
 今度は、ちゃんと起きられた。「めまい」もない。むしろスッキリしている。
 軽く食事をしてから、読みかけの奥村チヨ著『幸福の木の花』を読み終えた。前向きで控えめ、常に感謝の気持ちを忘れず、小さなことでもコツコツと根気良く続けた結果として今の彼女の生活とこれまでの人生がある。それが、24年目にして初めて咲いたドラセナ(幸福の木とも呼ぶ)の花に象徴されている。おのれの、欲と計算にまみれ、あくせくした駆け足人生が大いに反省させられる。
 そこで、思い立って、久しぶりに近所の体育館にトレーニングに出かけた。実に2ヶ月ぶりである。
 日が沈む前のまだ空が青々した時刻である。
 最初に体重計に乗って驚いた。まるで正月明けのようなオーバーウェイトである。たいしたトレーニングでもないのに、汗がしたたる。Tシャツがぐっしょりと濡れた。ストレッチで寝転がったら、頭の奥で「カチッ」とスイッチが入った音がして、激しい「めまい」に襲われた。後頭部から谷底へ落ち込む感覚である。下半身が弱っていて、フラフラだった。約1時間半後の数値は、血圧はほぼ正常、肥満度−0.4%で体脂肪率が21%。脂肪量が著しく増加していた。来週の定期健康診断が危ぶまれる。
 我が家にも幸福の木がある。2代目で、もう14年になるか。花は咲いたことはない。
 トレーニングだけは続けよう。たとえ幸福の木の花につながらなくても。

10月11日(月)「読書の秋か・・・の風さん」
 今朝もゆっくりと起き出した。寝てばかりの3連休というそしりは免れない。
 階下に降りて、カーテンを開け、猫が出られないように網戸のある窓だけ開けた。
 今日も青空が広がっていたが、昨日のような風はほとんど吹いていない。秋には抜けるような青空と爽やかな風がふさわしい。まだ緑の残っている草原を渡ってくる風なら申し分ない。いや。海の近くに住んでいるのだから、海風を体全体で受けとめてみたら気持ちいいだろう。
 体調不良に襲われてから、執筆は確かに不調になっていたが、その分、読書は進んでいる。無から有を生み出す執筆をやめたら、きっと読者三昧の生活が送れる。そうは思うが、時期が来たら、やはり私は書き出さねばならない。
 昨日に続けて、タレント本を読み終えた。増田惠子著『あこがれ』である。これはすごい迫力。中身がある。読んで意味のある作品だ。半生記とうたっているが、真実が語られているので、説得力がある。平凡でない育ち方をしたケイちゃんだが、負けず嫌いで頑張り屋だったから、これまでの人生を大きなドラマに変えることができたのだろう。意味のある人生に変えたのだし、これからもさらに充実した人生に変えていくだろう。
 最近読んだ本はけっこうある。それらをすべて紹介する余裕はないのでご容赦を。
 頂戴する本はトップページにいちおう列記してあるが、それらすべて読めないのは申し訳ない。せめてワイフや家族・知人の感想を紹介したりしてご好意に応えている。ここ数日の間にも3冊も頂戴してしまった。大野優凛子さんの『しまなみ海道 沈黙の殺人』、楠木誠一郎さんの『源義経 111の謎』、若桜木虔さんの『修善寺・紅葉の誘拐ライン』である。
 これは、やっぱり読書の秋・・・ということかな。

10月14日(木)「弱った心身・・・の風さん」
 空は抜けるような秋空で、気分爽快・・・と行きたいところだったが、睡眠十分なのに朝から「めまい」だし、憂鬱な1日の幕開けだった。おまけに外へ出ると突風が吹いていた。
 午前中は懸命に仕事に励んだ。しかし、昼食後、頭痛がし出し、危険信号を感じたので、久々に午後有休にして退社した。ミッシェルのハンドルを握りながら、眩しいほど青い空が目に沁みた。ピンチに堂々と向かっていく力がない自分が情けない・・・が、もう何ヶ月も続いているのだ。データがすべてを物語っている。「できるはず」では、このピンチは乗り越えられない。
 帰宅して横になったら眠ってしまった。
 それでも夕方起きだして、トレーニングに行った。弱った心身、心は鍛えられないが、身はまだ鍛え直しがきく。
 日曜日よりも少しだけ数値が向上したか。血圧正常。肥満度−0.6%で体脂肪率21%(これは変わらず)。
 注文してあったCDや本がどさどさっと届いた。その中に奥村チヨのCD「幸福の木の花」がある。カバーの写真を見てびっくり。20代にしか見えない。髪形なんかはうちの高3の長女と酷似している。今夜は彼女の歌を聴きながらグラスを傾けて、40年前の思い出にひたろう。弱った心が元気になるかもしれない。

10月17日(日)「2泊3日温泉旅行?・・・の風さん」
 15日(金)に片道4時間半以上かかる所まで出張した。秋晴れの清々しい気候だった。しかし、やや頭痛がしていて、また頭痛薬を途中で飲んだ。出張先は東北地方で、実はすぐ近くに実家があるので、仕事が終わってから実家に寄った。先日、父が玄関先で転んで怪我をしたと聞いていて、その様子を見る目的もあった。
 幸い、父の怪我はたいしたこともなく、見たらもうかさぶたが取れそうだった。
 その夜、母と夕食後、近くの温泉に行った。料金は500円と安く、銭湯みたいなものだろうと思っていた。確かに、設備等は粗末な感じで、ただし、湯は本物のようだった。匂いがしたし、入っていると体がぬるぬるする。ついでにサウナにも入って、久しぶりにリラックス気分を味わった。
 二日目に、父が転んで起きられなくなった時、助け起こしてくれ(けっこう強い雨が降っていたらしい)近くの兄まで連絡してくれたご近所の3軒にお礼を述べに行ってきた。
 この日も、温泉に行ってきた。夜は中華料理をたらふく食べた。リラックスし過ぎかな。
 今日は、最終日ということで、午前中は月末の講演準備をした。ほとんど終了したと言ってよい。
 また片道4時間半以上かけて帰ってきたが、ここまでに60近いメールが届いていた。ほとんどウィルスメールかスパムメールで、ちょっと・・・頭に来る。
 帰宅したら、また献本が届いていた。二階堂玲太著『源 義経(一)』(国土社 1600円税別)である。少年少女向けの歴史小説である。池内賞受賞以来、二階堂さんは頑張っているなあ。

10月20日(水)「テレビ観戦で疲労困憊・・・の風さん」
 夕食後ついテレビの前に座ってしまったために、ものすごい体力を使ってしまった。
 日本シリーズの第3戦である。負けていた落合ドラゴンズが絵に描いたような追い上げを開始し、谷繁の満塁ホームランで一気に逆転したところで、気分は行け行けムードとなった(阪神が強いときは、阪神をこんな感じで応援してしまう浮気者の風さんであるが)。その裏のピンチを脱すると、次の回には無死満塁となって絶好の駄目押し点を入れるチャンスとなった。こういうケースでは犠牲フライで1点追加というのがよくパターンだが、なんと、ヒットが出た。これで2点差。続いて、意表を突いてスクイズを決めていれば、この試合は決まっていただろう。ところが、この回は、三振と併殺打でそれ以上の追加点はとれなかったのである。
 その裏、信じられない継投策のミスで、中日は逆転負けを喫してしまった。
 終わってみれば、時計は10時をだいぶ回っていた。
 もう疲れて何もする気になれなかった。

10月21日(木)「台風23号余談・・・の風さん」
 台風23号が近付く中、ミッシェルで出張した。片道75kmくらいある。最近ミッシェルのトルクが戻っているので、運転は楽だ。目的地は愛知県小牧市なので、途中名古屋空港に寄って、月末仙台へ行くための航空券を手に入れた。目的地に着くころは、雨が非常に強くなっていて、これからの天候が心配された。
 用事を終えて製作所へ向かうころには、本格的な豪雨になっていた。ワイパーを高速モードにしないと視界が確保できなかった。ミッシェルの中でラジオニュースを聞いていたが、日本シリーズ第4戦は中止になったという。昨日いやあな負け方をした中日にとっては気分転換になるだろう。続いて、愛知県内の全小中学校、さらに公立高校のほとんどが警戒警報が出たために臨時休校になったことを告げた。すると、うちの3人の子も帰宅しているはずだ。
 製作所に着くと、さっそく「今日は残業や夜勤はなるべく中止するように」という通達が回ってきた。職場内でどうするか検討したが、遅れている仕事をこれ以上遅らせるわけにいかないと、残業も夜勤も強行することに決定した。・・・ところが、夕方、ますます台風がひどくなったため、「操業停止。早急に帰宅せよ。夜勤も中止」という命令が伝えられた。こうなったら仕方ない。全員に帰宅準備を開始させた。
 最後に職場を後にしたのは私だが、製作所から外へ出た瞬間、激しい雨と風のために吹き飛ばされそうになった。そのままずぶ濡れになってミッシェルに乗り込んだので、シートもすっかり濡れてしまった。また、帰りの運転は夜ということもあり、吹き付ける雨で、視界がきわめて悪くかなりスリリングなものだった。
 昨夜のテレビ観戦以上に疲れ切っていた私は、夕食後、仮眠しようとベッドにもぐりこんだら、電話が鳴った。
 住居地域にある通勤・通学に使用している山の斜面にある坂道が崩落したので、至急来てくれ、というのである。町内会の役員は何で呼び出されるか分からない。完全武装して出かけたものの、ちょうど台風の目に入っているらしく空に星が見え、雨は降っていなかった。坂道は崖に沿ってできているのだが、確かに半分落ち込んでいた。町の土木課の人たちがやってきて、結局、人も車も通行止めにした。
 ようやく帰宅したら、昨夜の日本シリーズが終わった時刻とよく似た時刻で、もう何もする気になれなかった。

10月22日(金)「仕事しているのか遊んでいるのか・・・の風さん」
 自宅から片道4時間半もかけて秩父の奥地まで出かけた。会社の仕事で利用している仕入先まで出張したのである。こういう時は読書タイムにするに限ると、気になっていた本を持参した。
 大野優凛子著『しまなみ海道 沈黙の殺人』である。
 愛媛県松山市在住作家で、地元を舞台にした作品が多い彼女らしい小説である。私の作品は読まなくても彼女の作品はすぐに読んでしまうワイフが、「これまでで一番の出来」と絶賛するものだから、「どれどれ」と読むことになった。彼女のホームページをチェックしてもらうと納得されると思うが、彼女の実生活が作品世界に色濃く反映されている。そして、主人公の内面というかモノの考え方が、どうやら彼女そのもののようであり、たとえば東京へ出ずに、地元にとどまったまま作家活動をしている理由が分かる気がした。
 劇中劇のように挿入された脚本がとても感動的である。必要最小限に抑えたトリックも、破綻なく使われており効果的だった。
 おっと、読書感想文を書いている場合ではなかった。
 夜は、久しぶりに銀座の貴族へ出動した。今回は姓名判断の南山誠林さんを案内したのだが、行ったら知り合いが二人も来ていて、偶然とは言え、自分がここと随分関わりが深くなっているな、と再確認した。姓名判断は私も太鼓判を押しているもので、女の子が「わー、当たっている〜!」と大騒ぎだった。

10月23日(土)「今日も仕事か遊びか・・・の風さん」
 東京ビッグサイトで開催されているWPCEXPO2年ぶりに見学に行った。ミーハーの私は、パソコン、デジカメ、ケータイなど大好きなので、こういったイベントを見るのは楽しい。何でも欲しくなる。東京モーターショーもそうだが、ちょっと先の技術が紹介されていて、じきに店頭に並ぶ商品ばかりなので、前もって購入の検討もできるわけだ。
 しかし、今年はなぜか2年前に比べると、盛り上がりにちょっと欠ける感じがした。デジタル機器のバブルもそろそろ飽和しつつあるのもしれない。それでも、あちこちのブースで抽選会をしていたので、できるだけ参加して賞品を狙った。ミーハーだけでなく射幸心も旺盛な風さんである。マイクロソフトオフィスのブースでは30分並んで体験をした後、抽選ができたのだが、私の数人前の人が見事にX−BOXを当てた。それでも2等である。よし、それなら私も、と意気込んだのだが、数少ない「ハズレ」になってしまった。ほとんどの人は4等なのに・・・とほほ。
 それでも、DVD+R(5個)や音楽CDを当てた。
 もうすぐ発売されるケータイやモバイルノートをチェックできたのでうれしい。

10月24日(日)「心肺機能低下・・・の風さん」
 6時45分集合で町内会の530(ゴミゼロ)活動に行かねばならなかった。奇跡的に6時に目が覚めた。
 10時から10日ぶりのトレーニングに出かけることにしていた。気持ちが挫けることなく、出発した。心配していた通り肥満状態で、トレーニング後の数値は、血圧は正常だったものの、肥満度+0.4%で、体脂肪率が20.3%である。先週の会社の定期健康診断でも、体脂肪率は21%だったから、これでは長生きできない。ところで今日は、思い切ってエアロバイクを30分と、心肺機能を高める運動に取り組んだ。結果、ベストの時の70%に機能低下していることが分かった。
 11時半集合で町内会の昼食会に参加した。ちゃんとした寿司屋で、ワイフはよく行っており、アッシー君の私は初めて行く店である。土瓶蒸しの食べ方を初めて知り、非常に美味かった。やはり女房族は亭主を早死にさせながら自分たちだけでいい思いをしているようだ。
 酔っ払って帰宅し、3時から2時間ほど昼寝した。会社の仕事の夢で目が覚めたという笑えないお話。
 夕食はスパゲティで、イタリアの赤ワインを飲んだ。そのまま日本シリーズ第6戦を観戦した。松坂が力投し、西武が勝った。
 寝る前に来週の講演資料をリファインし、CDに記録して宅配便の準備をした。東北大学附属図書館でお世話してくださる企画係の方へ事前に送っておくのである。
 これだけ密度の高い1日を過ごしても満足しないから、私はやはり欲が深いのか。

10月25日(月)「オレ流野球の総決算・・・の風さん」
 昨夜1時に就寝したにもかかわらず、今朝は7時前に「めまい」もなく起きることができた。
 多忙な会社生活はいつも通りだったが、速攻で帰宅した。
 夕食を終え、7時半頃、テレビをつけると、3回の表で西武の攻撃、ツーアウト、ランナー3累だった。ドミンゴ投手の速球は150km/h台が出ていたが、配球が単調で、バッターはファウルで粘っていた。こういう時は「いち・に・の・さん」とタイミングを合わせられる恐れがある。はたして打たれてしまった。続けて、ヒットが生まれ、内野守備の乱れまで出てしまい、あれよあれよという間に、5点取られてしまった。守備のチームが失策をするとどうしても緊張して動きが硬くなる。その後、良い当たりが相手守備の正面をつくようになるが、すべてこの3回の守りが発端になっているのだ。
 50年ぶりの日本一というプレッシャーが、ますます中日の選手を金縛りにしてしまい、後半になって次々に選手交代してみたものの、既に手遅れだった。こういう時は、早めにベテランをどんどん投入して、先ずチームの緊張を取らねばならない。
 適地にもかかわらず伸び伸びプレーした西武が優勝してしまった。そもそも伸び伸びプレーは、本来が落合監督のオレ流マジックだったのだ。
 今年は金権野球とストが吹き荒れたプロ野球界だったので、爽やかな風を送り込んだ落合ドラゴンズには優勝してもらいたかった。

10月27日(水)「腹が減らない風さんの巻」
 昨夜は帰宅が遅く、ほとんど何もできなかった。しかし、最近、いくらか体調が戻ってきているようで、12時前に就寝する必要はないようだ。とりあえず午前1時までベッドの中で読書をしてから寝ることにしている(今読んでいるのは若桜木虔さんの『修善寺・紅葉の誘拐ライン』だ。話題がコンテンポラリーでスピード感のある展開だから、なかなか読みやすい)。もっとも目をつぶるとあっという間に眠りに落ちてしまうが。
 今日は速攻で帰宅・・・しようとしたが、やっと8時に帰宅できた。やや遅かったけれども、それからトレーニングに出かけた。すべての基本は体力だと思い知ったので、これからせっせとトレーニングに励む。
 朝食はトースト1枚。昼食は天ぷら蕎麦とヨーグルト。それだけなのに、全然空腹感はない。やはり歳だな。
 今日も肥満気味だった(肥満度+0.7%)。体重が増えたせいもあり、体脂肪率は18.4%とやや下がった。
 トレーニングを終えて帰宅し、シャワーを浴びても空腹感はなし。やはり歳ということで決まり!

10月29日(金)「禁句発言・・・の風さん」
 昨夜も帰宅が遅く、明るい月を眺めながら家路を急いだ。そして、寝るまでのわずかの時間で、靴を磨いたり、仙台行きの準備をしたりした。
 今日は本社へ行く用事があったのだが、何となく胸騒ぎがして製作所の職場に出勤したところ、案の定、問題が火を吹いていて、1日中、対策に追われた。会社人間だったら楽しい1日だったに違いない。歩き回っていたので、足が棒である。でも、健康にはいいだろう。
 明日は仙台へ旅立つ。毎日業務に押し流されているので、今度こそ、流れを変えるきっかけにしたい。・・・そう思いながら帰宅して、ふと新聞を開いたら、勤務先の上半期の業績が写真付きで紙面を飾っていた。売り上げ、経常利益ともに過去最高とのこと。(バチが当たるだろうが)目の前が暗くなった。

10月30日(土)「仙台講演の旅(1)・・・の風さん」
 5時起床。6時にミッシェルで自宅を出発し、私の久しぶりの作家としての遠出が始まった。胸が高鳴る。
 予約してあった名古屋空港近くの民間駐車場に到着。2泊3日分の3000円を支払い、空港まで送ってもらう。予定通りの時刻に空港に着くことができてホッとした瞬間、エリクソン(ケータイ)をミッシェルの助手席に置きっぱなしだったことに気付いた。ケータイは必需品である。慌てて公衆電話から駐車場に電話して届けてもらった。先行きが思いやられる出発だった。
 空港で仙台への土産物を買い入れ、手荷物検査を受けて待合室へ入ると、もう搭乗が開始されていた。機内に落ち着いたが、トイレに行っている余裕もなかった。
 機内でA新聞を開いたら、産業再生機構で働く女性の記事が載っていて感心した。理工系の修士卒で、某社に入社後、MITへ留学しMBAを入手。外資系のコンサルティング会社に再就職したが、経営をやりたくて産業再生機構に再々就職。現在、九州の某バス会社の建て直しに取り組んでいて、そこの取締役も勤める40歳の女性の活躍ぶりが書かれてあった。意思をもって自らの人生を演出している人を、私は最も共感し尊敬する。
 仙台空港に9時前に着いた。あまりの寒さに驚いた。我が身を振り返れば、上も下も2枚ずつしか着ていない。
 空港リムジンで仙台駅に行き、ホテルに荷物を預けた後、デパートでジャケットを購入した。37800円である。
 午前中は仙台博物館を見学し、午後から明日の講演会場の下見を兼ねて、東北大学附属図書館の展示会場を見学した。お休みの予定だった担当者が出てきていて、閲覧をお願いしてあった古文書を出してもらい、さらに前頁のデジカメ写真ファイルを頂戴した。感謝感謝感謝である。
 ちょうど川内キャンパスで学園祭が行われていたので覗いた。バンド演奏やよさこい踊り、模擬店がたくさん出ていて、焼き蕎麦(300円)と大判焼き(80円)で昼食にした。二まわりも年下の後輩たちの発散するエネルギーに息が詰まる思いがした。
 ホテルにチェックインしたあと、急激に眠くなり、しばらく仮眠をとった。
 夕方目覚め、買い物に出たあと、部屋に戻り、ケータイで南海放送ラジオを聴いた。大野優凛子さんが自身の番組で鳴海風の話をしていたからである。愛媛県の言葉とアクセントで話しているのにはちょっと驚いたが、はきはきした物言いが優凛子さんらしいと思った。
 夜は大学の恩師と合流し、2軒ハシゴした。小雨が降っていて肌寒かったので、買ったジャケットが役立った。

10月31日(日)「仙台講演の旅(2)・・・の風さん」
 7時半に起床した。夕べは1時に寝たので、睡眠十分とは言えないが、「めまい」はなかった。
 タクシーで附属図書館へ向かった。担当者の案内で関係者と一緒に講演する電通大の佐藤賢一先生に挨拶した。佐藤先生は以前拙著の書評を書いてくださったことがある。電通大は調布市にあり、キアラの墓の残っているサレジオ神学院が隣接している。先生はむろんご存知だったが、まだ見たことはないとのこと。
 午前中は東北大学名誉教授の土倉保先生(年賀状の交換をさせてもらっている)の基調講演と事例発表があった。昨日とうって変わって階段教室にいっぱいの聴講者で、和算に関する興味の大きさを感じた。終わってからの質疑応答も活発だった。前図書館長の小田忠雄名誉教授(かつて稀覯本をたくさん見せてくださった)も来ておられて、とても楽しそうだった。シンポジウムの終わる頃、盛んにケータイがバイブした。横須賀から小野友五郎の子孫の方がみえたのだ。階段教室から抜け出て応答すると、はたして展示会場に到着したとのこと。後で合流することにして、いったん電話を切った。
 昼食後、展示会場で小野友五郎の子孫の方と合流し、記念写真を撮ったりした。
 午後の佐藤先生の講演には、小説のネタになりそうな話題がいくつもあった。そして、午前と同様に活発な質疑応答が繰り返された。私も答えられない難問もあった。
 いよいよ私の講演の番である。昨年もやったネタとはいえ、事前練習が不十分だった。あちこちでトチリながら、1時間を少しオーバーしてしまい、質疑応答は多少できたが、佐藤先生と一緒にトークセッションをする予定ができなくなった。
 今回も拙著の販売があり、講演後はサインをするのにてんてこ舞いだった。わざわざ著作を持参されて私に下さる方もみえて、その熱心さに圧倒された。熱心さといえば、東北大学生新聞の関係者が、予定通り来ていて、記事にしてくれるらしい。これは、必ずしも彼らの思惑ではなく、寄付を求めてきた彼らに対して、私が提案したものだった。
 懇親会も大いに盛り上がった。名刺交換が活発にされ、持参した名刺はすべてなくなってしまった。また、意外と遠距離からの聴講者が多かったことも知った。岡山県や富山県の方もいた。和算関係のイベントということで狙ってやって来たのである。懇親会では芋煮会の芋の子汁が振舞われたが、しゃべりまくっていてほとんど飲食できなかった。
 その後、有志だけで国分丁へ出陣した。2次会、3次会すべてに付き合って、多くの方と交流できた。
 ホテルへ帰り、明日の出発の用意をしている間に日付が変わり、就寝は1時を過ぎてしまった。
 密度の濃い二日間で、小説家に戻れた気がした。体の内部に力がみなぎり出したのを感じる。

04年11月はここ

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